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化学よもやま話(2024年秋)

説明に窮する高校化学

東洋大学京北高等学校 教諭 大貫 裕之

1.緒言

前報では高校化学が時代の変化についていくことの難しさを紹介した。本稿では、一教員である私が授業や実験で、「どうして?」と生徒さんに質問されたとき、知識・経験不足で説明に窮した例を恥をしのんで紹介したい。

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2.分子量はどうやって測定する?

日本の高等学校では以下の4種類で分子量・式量の測定方法を学ぶ2

  • 気体の状態方程式(デュマ法)
  • 沸点上昇
  • 凝固点降下
  • 浸透圧
化合物によって方法を選択せねばならず、(例外はあるが)グラム単位で試料が必要なため、現実的な測定法とはいえない。正確な値が得られないことは日常茶飯事であり、もはや分子量・式量測定技術の腕比べである。より少量かつ簡便な方法で正確に分子量・式量を求めたいと生徒さんの声をいただく。しかし、現在の教科書の内容では容易ではなく、対応に窮している。
現在の高校課程で学んでいる生徒さんが質量分析計に出会ったときは、その簡便さと正確さに相当衝撃を受けるであろう。国際バカロレアのカリキュラムではEI (Electron Impact)法での分子量測定を学ぶ3。一方、日本の教科書では質量分析法は「参考」で記載されているのみである2。なお、2024年に実施された大学入学共通テストにEI法の質量スペクトルを解析する問題が出題された4。思考力を試すとはいえ、参考事項が出題されたことに衝撃を受けた。共通テストはどの範囲まで出題されるのですかと生徒さんに問われたときに、私は説明に窮するであろう。

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3.なぜ「ン」で終わる化合物は多い?

よく聞かれる質問だが、答えに窮するばかりである。有機物に多いことは直感的にわかる。おそらくは、以下の語尾を有する物質が身近にあるから多いと思うのであろう:

  • 炭化水素:-ane, -ene, -yne
     (例)メタン、ポリエチレン、トルエン
  • 含窒素化合物:-in, -ine
     (例)グリシン、アデニン、カフェイン
  • 抗生物質:-in
     (例)ストレプトマイシン、ペニシリン
では、なぜ構造別に指定の語尾をもつのであろうか。当然、IUPAC命名法規則5だからという答えでは到底納得してもらえなかった。恥ずかしながら識者のお知恵を拝借したい。少なくとも有機化合物名はしりとりに使わないのが吉のようである。

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4. 物質量をどう導入する?

物質量6aは高校化学の鬼門:苦手意識をもたれやすく、説明に窮する単元である。2019年の物質量の定義の変更6b,cに伴い、説明の変更が必要になった。ところが、ベテランの先生にうかがうと、従来の説明が最もわかりやすいだろうとのことであった。

(従来の説明)
12C原子が12 gあるとき、その中に入っている12C原子の数の集まりを1 molという。
12C原子12g中の12Cの数を調べたら6.02…×1023個(測定値)であった。この1 molあたりの粒子数6.02…×1023 /molをアボガドロ定数NAという。

(現在の説明)
1 molあたりの粒子数を厳密に6.02214076×1023 /molと定義し、アボガドロ定数NAという。
つまり、1 molは6.02214076×1023個の粒子の集まりと決める。そうすると、1 molの12C原子の質量は11.9999999958 gになる。

いずれにしても、高校化学で扱う桁数の範囲では12C原子を1 mol(6.02×1023個)集めると相対質量にgをつけた12 gになることには変わりない。歴史的経緯を含めて、現在の定義を紹介できればいいのだが、生徒さんの混乱を避けるために簡便にしたい。しかも、背景がわかるからといって、この後学ぶ化学反応の量的関係の計算問題が解けるようになるわけでもない。毎回苦悶する単元である。

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5. 結語

専門家にとっては当然の事項であっても、一高校教員にとっては説明に窮することが多々あることを日々痛感している。教育的観点から生徒さん主導で調べてもらうことも一案であるが、一化学者として自ら調べることは放棄したくない。少なくとも私は知らないことは知らないといえるようになりたい7

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謝辞

前稿1で分子の極性の話題を紹介した。読者の方より、ビュレットから液を流出し、帯電棒を近づけて流れが曲がるかどうかで極性の有無を判断するのは誤りであるとのご指摘をいただいた。水流が曲がるのは帯電した物質に引き寄せられる「静電誘導」という現象に基づくもので、分子の極性とは無関係とのこと。詳細は以下の論文に記載されている。ご指摘に深謝申し上げたい。
M. Ziaei-Moayyed, E. Goodman, P. Williams, J. Chem. Educ. 2000, 77, 1520.

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参考文献

  1. 大貫裕之, TCIメール 2024, 196, 16.
  2. 辰巳 敬他 文部科学省検定済教科書「化学」, 2022, 数研出版.
  3. S. Owen, Chemistry for the IB diploma, Second Edition; Cambridge University Press, 2014; p. 530.
  4. 独立行政法人大学入試センター 令和6年度本試験の問題 化学, (accessed: September 14, 2024).
  5. International Union of Pure and Applied Chemistry, “Nomenclature”, (2013), (accessed: September 6, 2014).
  6. (a) Bureau International des Poids et Mesures, The International System of Units (SI) 9th edition, 2019; (b) R. Marquardt, J. Meija, Z. Mester, M. Towns, R. Weir, R. Davis, J. Stohner, Pure Appl. Chem. 2018, 90, 175; (c) 黒田裕,齋藤和弥,中田宗隆,山﨑勝義,化学と教育 2017, 65, 462.
  7. 孔子「論語」為政 第二 17.

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執筆者紹介

大貫 裕之 博士(理学)

[ご経歴]
1989年 東京大学理学部化学科卒業
1994年 同大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了
1994年~ 日本水産株式会社、理化学研究所、東京化成工業株式会社、順天中学高等学校に勤務 この間に東京農工大学、東京電機大学、横浜市立大学大学院、立教大学、日本大学非常勤講師を兼務
2020年より現職
専門:天然物有機化学、機器分析化学、化学教育

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