text.skipToContent text.skipToNavigation

Maximum quantity allowed is 999

注文本数を選んでください。

化学よもやま話(2021年秋)

閑話九題(3)

高知工科大学 環境理工学群 教授 西脇 永敏

東京化成工業株式会社から30,000品目以上を販売されていることからも分かりますように,試薬には非常に多くの種類があります。当然のことながら試薬の性質も千差万別です。何の注意も必要とせずに取り扱うことができる試薬がある一方で,湿気,酸素,光,熱に弱くてケアをしてあげなければならない試薬もあります。今回は,試薬の保管に関するお話にお付き合い下さい。

その7 謎のベール

文子さんが試薬棚で試薬を探していると,目的のハロゲン化合物がようやく見つかった。しかし,他の試薬瓶とは異なり,黒い紙に包まれている。中の試薬を掻き出しながら天秤で秤量しようとすると,この黒い紙がどうにも邪魔である。文子さんはこの鬱陶しい紙を剥がした。その後,反応を行なう度に生成物の収率が低下していき,ついに反応が全く進行しなくなったのであった。

⇨ 試薬には光が当たると分解するものがあります。褐色の遮光瓶で分解を抑制できることが多いのですが,中には敏感なものがあり,そのような場合は黒い紙で包んで遮光していることがあります。文子さんは試薬の取り出しに邪魔だからという理由で剥がしてしまいましたので,瓶の中の試薬が分解していき,反応が進行しなくなったのも頷けます。文子さんにとっては謎のベールに包まれていたようにしか見えたかもしれませんが,試薬メーカーも利用者への嫌がらせでこのような処置をしている訳ではなく,それ相応の理由があってやっていることです。分からない時は自分の判断では行なわず,先生に相談するべきでしょうね。

ページトップへ

その8 時間感覚

研究室に保管されている試薬の整理をしていた。試薬棚だけでなく冷蔵庫に保管されている試薬も対象である。瑞紀くんは冷蔵庫の担当になった。実験台の上に試薬を順番に出していき,後輩と一緒にラベルのチェックを保管リストと照合する作業を続けた。ラベルの文字が読みにくくなっているものについては,新しいものを貼るなどのメンテナンスも兼ねている。瑞紀くんがラベルの読みづらくなっている瓶を手に取って試薬名を見ようとした瞬間,ポンという音とともに蓋が吹き飛び,中の試薬は勢いよく吹き上げ天井に茶色いシミを残したのであった。

⇨ 試薬の中には熱に弱く分解するものがあります。そのような試薬は冷蔵保存あるいは冷凍保存に指定されていますので,実験室に冷蔵庫が必要になります。瑞紀くん達は短い時間だったら大丈夫だろうと思って実験台に並べて整理していたのでしょうが,吹き出した試薬にとっては分解するのに十分過ぎるくらい長い時間だったのでしょう。天井に届くくらいでしたから,瓶の中は相当な加圧状態になっていたと思われます。もし,瓶の口が瑞紀くんの方に向いていたらと考えると,恐ろしくて想像したくもありませんよね。

ページトップへ

その9 ワビ・サビ

文子さんが酸クロリドを用いた反応を仕込み終え,試薬瓶を試薬棚に戻した。翌朝,文子さんが試薬を取り出そうと試薬棚を覗くと,昨日とは異なり茶色いものが目についた。試薬瓶の転倒防止用の金属棒が全て錆びているのである。昨日自分が使用した試薬瓶を見ると,蓋が少し緩んでおり,その周りには水滴によるベタつきも見られていた。これは明らかに自分の責任である。文子さんは他の学生に詫びながら金属棒の錆落としの掃除を手伝ってもらったのであった。

⇨ 江戸時代の俳人,野沢凡兆が「かみそりや一夜に錆びて五月雨(さつきあめ)」と詠んだように,湿度や温度などの条件が揃えば錆は一夜で生じます。ましてや,酸による腐食で金属表面が露わになる状況下では,錆の生成はさらに加速されます。酸クロリドの瓶の蓋が緩んでいますと,空気中の湿気で分解して塩化水素が発生し,翌日には錆だらけになることがあります。試薬瓶の蓋はしっかりと締めて,さらにテープなどを巻いておく必要があります。スペースに余裕があれば,そのような試薬を保管する場所をドラフトチャンバー内に設けておくのも良いかもしれません。他の人に迷惑がかかる失敗はできるだけしたくないですよね。

ページトップへ

閑話九題以外のエピソードは,西脇研究室のホームページ内の「新・教科書にない実験マニュアル」でご覧になれます (http://www.env.kochi-tech.ac.jp/naga/manual/index.html)。250話を超えるエピソードが収録されていますので,ぜひご覧下さい。

執筆者紹介

西脇 永敏

[ご経歴]
1991年 大阪大学大学院工学研究科応用精密化学専攻博士後期課程修了
同年 大阪教育大学教育学部助手
2001年 同准教授
2000―01年 デンマークオーフス大学博士研究員
2008年 阿南工業高等専門学校准教授
2009年 高知工科大学環境理工学群准教授
2011年より現職
セッション情報
セッションの残り時間は10分です。このまま放置するとセッションが切れてホーム(トップページ)に戻ります。同じページから作業を再開するために、ボタンをクリックしてください。分です。このまま放置するとセッションが切れてホーム(トップページ)に戻ります。同じページから作業を再開するために、ボタンをクリックしてください。

セッションの有効時間が過ぎたためホーム(トップページ)に戻ります。