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【ミニコラム】 試薬の変わった使い方:
酸化剤を用いたチオアセタール類の加水分解

東京化成工業株式会社 田口 晴彦

 このコーナーでは毎回、試薬の変わった使い方に焦点を当て、試薬メーカーならではの視点から使用法を紹介しています。さて、今回取り上げる化合物ですが、チオアセタールにしようかと思います。ちょうど<春季セミナー>のコーナーでも武田先生による、チオアセタールを用いたチタン-カルベン錯体の調製法が紹介されています。チオアセタールは合成中間体として広く使われていますが、実際の使用にあたっては結構悩んでいる研究者も多いかと思います。では、その悩みとはいったい?・・・クサイです!確かにそのような声も聞こえてきそうですが、もうちょっと深刻な悩みになるような気がします。
 チオアセタールといえば、言わずとしれたアシルアニオンあるいはホルミルアニオン等価体です。そしてこの概念を初めて体系的に表現した化学者といえばSeebachであることはあまりに有名です。この極性転換(Umpolung)の考え1) は、非常に革新的な概念といえるのではないでしょうか。カルボニル炭素は親電子的で、カルボカチオンとして働く。有機化学の教科書ではそのように習っていたところへ、チオアセタールに“変身”するだけで、逆となるカルボアニオンの性質を持つというのだから驚きです。さらに、強塩基を作用させてアニオンを発生させ、親電子試薬を反応させればいとも簡単に置換基導入の完了です。最後に“変身を解く”と、官能基化されたカルボニル化合物が得られるのです。では、その変身の解き方はいかに?
Seebachによる極性転換(Umpolung)の概念

Seebachによる極性転換(Umpolung)の概念

 Seebachの概念を読み解くと、塩化水銀を用いる方法が記されています…す、水銀ですか!当時研究室の学生だった私にとって、この事実はあまりにも衝撃的でした。そうです、昔は塩化水銀も一般に使われていたみたいですが、ここ最近の研究室事情を考慮すると、水銀を使う実験、それはそれは非常にハードルが高いものです。Seebach先生~そりゃないよ~と嘆いている方も多いのではないでしょうか?でも嘆いてもはじまらないので、なんとか別の方法を考えないといけません。
 では、水銀を使わずにチオアセタールを加水分解する方法とは?同じアセタールの仲間なので強酸で処理すれば分解するのでは?確かにこの手段、アセタールでは非常に有効となりますが、チオアセタールの前ではほとんど無意味な抵抗です。なぜならアルコールのpKaはおよそ16といわれていますが、チオールのpKaは高く、およそ10~11といわれています。なんとアルコールに対しおよそ“5”もpKa値が高いのです。こうなるとチオアセタールのイオウ原子に対するプロトン化は難しく、どんなに頑張ってもなかなか加水分解は進みません。
 仕方なく別の手段を講じる訳ですが、初心に戻って、昔の実験では水銀を使っていたけど、何故水銀を?そのように考えると突破口が見えてきます。水銀とイオウ原子の相性、これが実は非常に良いのです。どのように良いかといいますと、Pearsonにより提唱されたHSABの原理、すなわち硬い(ハード)イオンとやわらかい(ソフト)イオンに関する原理に当てはめて考えると、解るかと思います。
 HSABの原理によると、イオウ原子はソフトなイオンを形成しやすい傾向にあります。かたや水銀イオンはというと、こちらもソフトなイオンなのです。化学的にも非常に親和性が強く、イオウ原子が水銀イオンに配位結合することで炭素-イオウ結合が活性化され、加水分解につながるのです2)。このHSABの原理は定性的な定義に基づく理論なので、常に曖昧な解釈になってしまいがちです。しかしながら、広くものを捉える場合においては、大いに役立つ法則といえるでしょう。ではソフトな基質を使ってチオアセタールをなんとか分解できないか?そこで次にたどりつくのが、スルホニウム塩を形成させる方法です。
 スルフィドやスルホキシドなどのイオウ化合物は、ヨウ化メチルと反応して容易にメチルスルホニウム塩を形成します。これは酸素原子にはない、イオウ原子特有の性質であり、より広義には重ヘテロ原子(リン、イオウ)が持つ特徴でもあります。生成したスルホニウム塩のイオウ原子は、正電荷をもつようになり、様々な反応に使えるようになります。この性質をチオアセタールの加水分解に用いるのです。いくつかの論文を見ると、比較的強力なアルキル化剤が使われている様子で、スルホニウム塩にした後、アルカリ加水分解することでチオアセタールの分解を行っていました3)。また、面白いのは、スルホニウム塩を形成させた後、銅塩を用いて加水分解する方法もあります。銅もまたソフトなイオン種ですよね4)
 アルキル化剤でスルホニウム塩を形成させ、加水分解する方法は、水銀を用いる方法に取って代わる手法になりそうですが、一方で、不安な要素も含んでいます。それは強力なアルキル化剤は、発ガン性の面で敬遠されがちな化合物であることです。そこで、次に考えられる方法、それが今回のメインテーマ、酸化剤を用いる方法です。
 用いられる酸化剤は超原子価ヨウ素化合物です。デス-マーチン試薬5)、[ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]ベンゼン(PIFA)6)、2-ヨードキシ安息香酸(IBX)7) などが使われていて、いずれもチオアセタールの酸化と、引き続く水の作用により加水分解することができます。これら試薬の面白いところは、例えばアルコール中で分解を行うと、生成したカルボニル化合物が、今度はアルコールと反応してアセタールになるところでしょうか。一般にはチオアセタールからアセタールへの変換は起こらないので、非常に興味深い結果といえます。他の保護基との使い分けについても、TBSなどのかさ高いシリル系保護基との使い分けが可能です。さらにIBXは、ほかの酸化剤に比べて酸化力が弱いのか、ベンジル、アリルチオアセタールだと速やかに加水分解が進みますが、アルキル基置換のチオアセタールは加水分解を受けないか、受けても進行が非常に遅い、といった特徴があります。
酸化剤を用いたチオアセタールの加水分解の例

酸化剤を用いたチオアセタールの加水分解の例

 さて、この超原子価ヨウ素を用いたチオアセタールの加水分解ですが、どのような反応機構なのでしょうか?ヨウ素はいわずと知れたソフトなイオンですので、HSABの原則に従って考えることも可能でしょうが、超原子化状態のヨウ素がソフトイオンの性質をどのくらい持っているか?・・・は、調べてみましたが情報は得られませんでした。少なくとも超原子価ヨウ素原子に対する、イオウ原子による求核攻撃を経て、加水分解が進行することは間違いないでしょう。チオアセタールのモノ酸化体であるFAMSO(ホルムアルデヒドジメチルジチオアセタールS-オキシド)では、アルキル化した後の加水分解は非常に簡単に進行します8)。このことを考慮すると、酸化剤を用いるチオアセタールの加水分解法と、何かしらの関連性があるかもしれません。
 最後に酸化剤を用いる方法をもうひとつ紹介しましょう。それはクロラミンTを用いる方法です9)。この手法は後処理が少し複雑になる傾向があるため敬遠されがちです。ところが、シリルチオアセタールの加水分解に有効であることが報告されており、今ではアシルシランの有用な合成法として使われています10)
Chloramine Tを用いたアシルシランの合成法

Chloramine Tを用いたアシルシランの合成法

 チオアセタールを用いた合成は、複雑な化合物を合成する手法として非常に有用です。弊社ではチオアセタールをはじめ、今回紹介した加水分解に使える試薬を多数取り揃えております。ぜひ弊社の製品を用いて、Seebachの概念、極性転換(Umpolung)にチャレンジしてみてください。

文献


HSABの原理は広い範囲で元素の性質を定性的に捉える概念として、Pearsonにより提唱された原理です。化学反応を酸・塩基反応として定義し、酸、塩基それぞれの化学的な傾向をかたい(Hard)、やわらかい(Soft)で表現したものです。
かたい(Hard)酸、塩基は、一般に原子半径が小さく、分極も少ない。一方、やわらかい(Soft)酸、塩基は、一般に原子半径が比較的大きく、分極しやすい。化学的な性質としては、硬い酸(Hard Acid;HA)は硬い塩基(Hard Base;HB)と結びつく傾向が強く、逆にやわらかい酸(Soft Acid;SA)はやわらかい塩基(Soft Base;SB)と結びつく傾向があります。
HSABの原理は定性的な傾向を示した経験則であり、別の要素も絡んでくるので一概にはいえませんが、大まかに実験の方向性を示す場合には非常に有用な原理となります。
ヨウ素原子は分子サイズが大きく、分極しやすく、電気陰性度も小さなソフトな化学種です。一般には1価の化合物として単結合を形成しますが、原子価を拡張して、より多くの電子を持つことも可能です。このオクテット則(8電子則)を超えたヨウ素原子の状態を、超原子価ヨウ素と呼びます。超原子価ヨウ素は、価数が3価および5価の状態のものが知られており、それぞれ擬三方両錐形、四角錐形分子構造を取ります。これら超原子状態のヨウ素原子は、電子を放出してオクテット則(8電子則)を満たす1価のヨウ素に戻ろうとするため、強い酸化作用を示します。これを酸化反応に利用したのがデス-マーチン試薬や、[ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]ベンゼン(PIFA)です。
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