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ケムステ記事ピックアップ — ホウ素は求電子剤?求核剤?
原子番号5番のホウ素(B)は耐熱ガラスやホウ酸ダンゴなどでおなじみです。有機合成化学においては鈴木カップリングの中枢を担う大事な元素ですね。
有機化学の反応は、簡単に言ってしまえば求核剤と求電子剤との反応です。
炭素や窒素、酸素などの元素は、求電子剤・求核剤の両方がそれぞれ多数開発されて今日の複雑な合成が可能になっているわけですが、ホウ素はずっと求電子剤でした。
教科書にも『空のp軌道があるのでホウ素は求核剤の攻撃の標的になっている(ウォーレン有機化学下巻)』とあるとおり、この空の軌道がある限りホウ素は求電子剤であると考えられてきました。
今回はその常識を打ち破るホウ素化合物の紹介なのですが、その前に過去に報告されている3種類のホウ素求核剤をまずはご覧ください。
ホスフィン安定化ボリルアニオン
ひとつは今本らによるホスフィンボランのリチオ化物。トリメチルクロロシランやベンズアルデヒドといった求電子剤に対して、ホウ素が求核剤として攻撃します。これ自体は単離されていないので構造は不明ですが、ホウ素はsp3混成軌道の状態になっていると考えられます1)。
ボリルリチウム
もうひとつは瀬川・山下・野崎らによるボリルリチウムです。この分子は結晶構造からホウ素はsp2混成軌道をとっていて、空のp軌道があるにもかかわらずホウ素が求核剤として様々な求電子剤や金属と反応する希有な化合物です。理由はホウ素とリチウムとの間の結合が限りなくイオン結合的で、ボリルアニオンとしての性質に近いからであると説明されています2,3)。
ボリレン架橋マンガン錯体
今回紹介するドイツのBraunschwaigらの過去の成果になるのですが、ホウ素が2つのマンガンに挟まれたsp混成を取る錯体も、ヨウ化メチルと反応してメチル基がホウ素に付加することから、このホウ素も求核的であると言えます4)。
さて、それでは今回Braunschwaigらが合成したホウ素求核剤はどんなものなのでしょうか5)。
NHC安定化πボリルアニオン
ホウ素はボロールという5員環を構成しており、sp2混成です。ホウ素はもうひとつ共有結合が作れますが、共有結合ではなくN-ヘテロ環カルベンによる配位を受けています。このままではホウ素上に電子が1コ余ったラジカルですが、さらに電子を与えることでボロール上に電子が広がったアニオンになっています。つまり、sp2のホウ素に対して、もともと空だったp軌道に電子を2コ入れてしまったコトになります。それを、カルベンの配位やボロールの芳香族性といった手法を用いて安定化しています。
この化合物に対してヨウ化メチルを反応させると、ホウ素が求核剤として攻撃してメチル化が起きました。
「本来求電子的であるはずのホウ素のp軌道を求核的に反応させた」という、これこそまさに極性転換ですね。
電子状態や結合をデザインすることで、反応性を自在に変化させる。これだけでも魅力的な研究ですが、それから得られる新しい反応性によってこれまで合成不可能であった化合物達が合成できるようになり、材料や医薬など様々な分野に発展することを期待しています。
参考文献
- 1) Reactions of Phosphine-Monoiodoboranes with 4,4'-Di-tert-butylbiphenylide and Electrophiles. Trial of Generation of Tricoordinate Boron Anions and Synthesis of B-Functionalized Phosphine-Boranes
- 2) Boryllithium: Isolation, Characterization, and Reactivity as a Boryl Anion
- 3) Chemistry of Boryllithium: Synthesis, Structure, and Reactivity
- 4) A Linear, Anionic Dimetalloborylene Complex
- 5) Synthesis and Structure of a Carbene-Stabilized π-Boryl Anion