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化学よもやま話(2023年秋)
My Familiar Compound Family
─ 複素環化合物 ─
高知工科大学 理工学群 教授 西脇 永敏
複素環化合物は有機化合物の3分の1を占める割に、教科書での扱いは軽い。また、複素環化学と聞くだけで「難しそう」と感じる人が多い。私にしてみれば、ベンゼンの化学の方が取っ掛かりがなく、難しく感じてしまうのだが……。複素環化学が難しく感じる理由は2つあると思われる。1つは、歴史が古いために脂肪酸の分野と同様、慣用名が広く使われていることであろう。化合物名を聞いても、構造が思い浮かべられなければ分からないのは当然である。もう1つは、環のサイズ、ヘテロ原子の種類、位置、数が異なれば、全く異なった挙動を示すことである。
若い頃、台湾で開催された複素環化学の国際会議に出席したことがある。同じ漢字の国なので、同じ表現だろうと思っていると、看板には「雑環化学」と書かれて違和感を覚えたことがある。「雑誌」「雑巾」「雑菌」「煩雑」など「雑」という文字は良い意味に使われることは少ないからである。しかし、よくよく考えてみると、雑多な複素環化学を表すのに、こちらの表現の方がむしろ相応しいのではないかと思うようになった。この分野は「雑」な性格の私に合っていたのか、ずっとこの分野に携わることになった。
二面性
雛鳥の刷り込みと同様、最初のテーマで扱ったピリジンN-オキシドが記された論文を見ると、今でも目を引かれてしまう。私は、カルボニル基やニトロ基が二面性をもっているために魅力を感じるが、その原点はピリジンN-オキシドにあるかもしれない。
共鳴構造式から分かるように、環窒素のプラスの電荷のために、環炭素は電子不足になっている。その一方で、酸素からの逆供与のために環炭素上にマイナス電荷が現れる共鳴構造式も描くことができる (Scheme 1, eq. 1)。すなわち、求核剤とも求電子剤とも反応することができ、相手によって立場を変える化合物である。ピリジンのニトロ化は大変で、厳しい条件を用いても低収率でしか進行しないのに対して、N-オキシドに変換すると穏和な条件下でもニトロ化が進行するのはこの逆供与のお陰である (eq. 2)。一方、O-アシル化したN-オキシドはピリジン以上に求電子性が高くなり、求核剤と容易に反応するだけでなく芳香族化も進行するために、置換ピリジンを容易に与える (eq. 3)1。
Scheme 1. ピリジンN-オキシドと求電子剤、求核剤との反応
求核的環変換反応
私が最初に助手として採用された研究室では、伝統的にジニトロピリドンを用いた求核的な環変換反応 (Scheme 2, eq. 1)2を展開していた。私がいただいたテーマはそのアザ類縁体であるニトロピリミジノンを用いた環変換反応であった。ニトロ基が環窒素になっただけと安易に考えていたが、その違いは意外に大きく、なかなか良好な結果に辿り着くことができずにいた。その原因を探っていると、窒素源として用いていたアンモニアによって基質が分解していることを突き止めた。「それならば」と、求核性の低い酢酸アンモニウムを用いたところ、収率を大幅に向上させることに成功した (eq. 2)3。しかも従来では見られなかった反応様式で進行する環変換を新たに見出すというおまけ付きであった。
この反応が進行することを見出した頃、ニトロ基で環を電子不足にしなくても環窒素をオニウムにすれば、同様の反応が進行するのではないかと考えた。しかし、誰に話すこともなく、実際に試すこともなく、そのまま時間が過ぎていった。数年後のある日、雑誌をめくっていると、ある企業の広告に当時考えていた反応がそのまま掲載されていた。アイデアが盗まれた訳でもなんでもないが、(自分に対して)悔しい思いをしたことは鮮明に覚えている。
教訓 「行動せずに後悔するよりは、行動して後悔をした方が良い」
Scheme 2. 環変換反応による複素環化合物の合成
ペンタアリールピリジン
電子密度の偏りを有するpush–pullアルケン (β-メトキシアクリルアミド)を用いて不飽和カルボニル化合物との反応を行なうと、予期せずピリジンが得られた。窒素と酸素が入れ替わった興味深い反応を見つけたという論文を投稿したところ、レフェリーのお一人から原料がエナミノエステルではないかとご指摘をいただいた。恥ずかしいことに、反応中ではなく、原料合成の段階で窒素と酸素が入れ替わっていたことに気づいていなかっただけであった (Scheme 3, eq. 1)4。同時に、雑誌に掲載されなくて良かったと胸を撫で下ろした。
電子求引基としてエステル官能基の代わりにピリジル基を用いても同様の反応が進行するだろうと考えて反応を行なったところ、場合によっては塩化鉄による基質の活性化が必要であったものの、多置換ピリジンが合成できることを明らかにした。基質のエナミンや不飽和ケトンを替えるだけで、ピリジン環の修飾が容易であることが本反応の特長である。従来、5つの異なったアリール基を有するピリジンの合成にはかなりのステップ数を必要としていたが5、原料合成を含めて3段階で合成することに成功した (eq. 2)6。
本法では、ケトン側にピリジン環を導入すれば、ビピリジル誘導体も容易に合成できた一方で、エナミン側にピリジン環を導入した場合は塩化鉄と錯体を形成するために、反応が全く進行しなかった。その時、配位性の低い塩化インジウムをLewis酸として用いればこの問題を解決できるのではないかと考えた。実際に予測通りに反応が進行してターピリジンの合成に成功した時は非常に気分が良かった (eq. 3)。その気持ちを伝えたくて「麻雀でカンチャンがすっぽり入った時のような感じ」と説明しても、最近の学生には全然理解してもらえなかった。
教訓 「転んでも、ただで起きなければ良いのである」
Scheme 3. エナミンと不飽和ケトンの縮合による短工程ピリジン合成
参考文献
- 1. N. Nishiwaki, S. Minakata, M. Komatsu, Y. Ohshiro, Chem. Lett. 1989, 18, 773.
- 2. S. T. Le, H. Asahara, N. Nishiwaki, Molecules 2021, 26, 639.
- 3. N. Nishiwaki, T. Adachi, K. Matsuo, H.-P. Wang, T. Matsunaga, Y. Tohda, M. Ariga, J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 2000, 27.
- 4. S. Hirai, Y. Horikawa, H. Asahara, N. Nishiwaki, Chem. Commun. 2017, 53, 2390.
- 5. A. I. Reza, K. Iwai, N. Nishiwaki, Chem. Rec. 2022, 22, e202200099.
- 6. M. Arita, S. Yokoyama, H. Asahara, N. Nishiwaki, Eur. J. Org. Chem. 2020, 466.
西脇研究室のホームページでは「新・教科書にない実験マニュアル」にて、実験に関するエピソードを公開しています (http://www.env.kochi-tech.ac.jp/naga/manual/index.html)。現在300を超えるエピソードが公開されています。ぜひご覧下さい。
執筆者紹介
西脇 永敏
- [ご経歴]
- 1991年 大阪大学大学院工学研究科応用精密化学専攻博士後期課程修了
同年 大阪教育大学教育学部助手
2001年 同准教授
2000―01年 デンマークオーフス大学博士研究員
2008年 阿南工業高等専門学校准教授
2009年 高知工科大学環境理工学群准教授
2011年 高知工科大学環境理工学群教授
2023年より現職(学群名称変更)