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化学よもやま話

分子の世界のギネスブック

 佐藤 健太郎

 これまで化学者たちは様々な目的で,様々な化合物を創り出してきた。その中には変わった分子,驚くような構造のものも少なくない。この中から,いくつか世界記録を持つ分子,化学の世界のレコードホルダーをご紹介しよう。話の種,実験中の気分転換にご覧いただければ幸いである。ただし以下の記録は単一の分子として分離され,性質がきちんと調べられたものを対象としている。また調査から洩れているものもあると思われるので,これらを上回る化合物をご存知の方は,筆者までご一報いただければ幸いである。

◯ 最長の分子

 まず,これまでに作り出された枝分かれのない最長のアルカンはどれくらいの長さなのだろうか。これはどうやら1996年に合成された,C390H782という分子が最長のようだ。これはポリエチレンの結晶構造を調べるためのモデルとして合成されたもので,融点405度の固体である。
 アルカンに限定しなければ,これまで有機合成の手法で合成された最長の分子は,京都大学の大須賀篤弘教授のグループが作り出したポルフィリン1024量体と思われる。ポルフィリン同士がメゾ-メゾ結合によって直接に長くつながったもので,その長さは0.8 μmにも達する。これは一般的な細菌のサイズにも匹敵する巨大さである。
 ただし最近になって,ヒトゲノム解読で名を挙げたCraig Venterらのグループが,Mycoplasma genitaliumという細菌のDNAを全て合成したと報告した。もちろんこれは有機化学的手段ではなく,生物学的手法によっている。このDNAは582,970塩基対あるというから,一直線に伸ばせば約200 μmとなる。今のところ人工合成された最長分子のタイトルホルダーは,このDNAということになるだろう。もっとも,精力的な研究活動を続けるVenterのことであるから,この記録はすぐ塗り替えられる可能性が高い。

◯ 最大の環

 枝分かれのない単純なシクロアルカンとしては,C288H576というものがこれまで最大のようだ。これは両端に三重結合を持った炭素数24のジインに,Eglintonカップリングを繰り返して環化させ,接触還元することで合成された。また環状ポリマーとしては6-アミノカプロン酸の環状100量体(-NH(CH2)5CO)-)100が合成されており,この700員環分子が人工化合物として史上最大である。
 天然物にも巨大環状分子があり,特にマクロライド類は強力な生理活性を示すものが多いため,盛んに探索が行われている。多くは12~16員環程度のサイズだが,これまで最大のマクロライドはなんと66員環のものが知られている。2005年に名古屋大の小鹿らが単離・報告したzooxanthellamide Csがそれである。しかし古細菌の膜脂質から発見された化合物には72員環の環状エーテルというものもあるそうで,上には上があるものと思わされる。

Zooxanthellamide Cs

Zooxanthellamide Cs

古細菌細胞膜の環状エーテル分子

古細菌細胞膜の環状エーテル分子

 タンパク質には側鎖のシスチン結合で巨大な環を作っているものがあり,どれが一番大きな環を持つか調べるのはかなり難しい。一例を挙げれば,ウシのホスファチジルコリン輸送タンパク質は2つのシスチン結合を含み,143員環と347員環を持っている。
 もう少し視野を広げれば,自然界には遥かに大きな環状化合物も存在している。細菌などが持つ環状DNA・プラスミドがそれだ。これまで知られている最大のプラスミドは約470万塩基対というから,これは約2800万員環の超巨大マクロサイクルということになる。有機合成の技術で,これに匹敵するサイズの分子を制御して合成することは,今のところ不可能だろう。自然の巧みは奥が深いと改めて思わされる。

◯ 最多の環

 天然物で最も多くの環を含むのは,おそらくマイトトキシンだろう。32ものエーテル環が連結した構造で,現在も世界中で全合成研究が進められているものの,いまだ部分構造の合成にとどまっている。分子量3422とこれまで知られている天然物中最大(バイオポリマーを除く),毒性も最強クラスであるから,まさに怪物といえる化合物である。

マイトトキシン

マイトトキシン

 人工の化合物で,最も多くの環を含むものは何か?縮環系としては,ドイツのK. Muellen教授が合成した91環系の化合物が最大のようである。ご覧の通り見事な正六角形構造だ。近年「グラフェン」(グラファイトの一層だけに相当する蜂の巣状の炭素ネットワーク)の科学に大きな注目が集まっているため,こうした多環式芳香族炭化水素の研究にも今後大いに発展が期待される。

91環性芳香族炭化水素

91環性芳香族炭化水素

 Muellen教授は他にもこうした分子を多数合成しており,ベンゼン環だけで基本骨格ができたポリフェニレンデンドリマーなども作られている。これまで最大のものはベンゼン環1368個を含み,分子式がC10113H9028Si128,分子量が134162,直径が約22 nmというから,標準的なタンパク質のサイズを軽く上回る。分子が大きくなるとその分溶解度や反応性が低下するので,今のところこれは有機合成によって到達できるサイズの限界に近いと考えられている。
 ではこの世で最大の分子とは何だろうか?金属や食塩などは「結晶」の範疇に入るし,ポリマーなども実際には分子量数万から数十万程度の分子の集合体だ。全ての原子が共有結合でつながっている最大の分子となると,恐らくダイヤモンドということになる。史上最大のダイヤモンド原石は1905年に南アフリカで発見された「カリナン」で,発見時3106カラット(621 g)あったというから,これがこれまでに知られた地球最大の分子ということになるだろう。3.1×1025個の炭素原子が結合している計算である。
 「地球最大の」と断ったのにはわけがある。最近になり,「宇宙最大のダイヤモンド」が発見されたからである。これは「BPM37093」と名付けられた天体で,ケンタウルス座の方角にある。この星はほとんどが炭素でできており,中心核の90%が結晶していると推測されている。これが現在発見されている宇宙最大の「分子」ということになる。
 もっともこの星は超高圧で圧縮されているため,ダイヤモンドとは異なる形で炭素が詰まっていると考えられ,「分子」と呼んでよいかは少々議論の余地がある。とはいえ50光年の彼方に,巨大なダイヤモンドの塊が浮かんでいると思うだけで楽しくなるではないか。これだけのダイヤモンド,なんとか地球に運んでくることはできないものかと思ってしまうが,これはどうやらやめておいた方がよいようだ。何しろこのダイヤモンドの質量と来たら,地球の8万倍にも相当するのだから。

執筆者紹介

佐藤 健太郎 (Kentaro Sato)

[ご経歴] 1970年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,ホームページ「有機化学美術館」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html)を開設,化学に関する情報を発信してきた。2008年退職し,フリーのサイエンスライターとして活動中。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社)「化学物質はなぜ嫌われるのか」(技術評論社)など。
[ご専門] 有機化学

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